2016年7月29日金曜日
2016年7月28日木曜日
2016年7月27日水曜日
身近な世界と図画工作(考え中)
1 身近な世界と図画工作
現実の身近な世界は厳密に教科で切り分けることができない。様々なものごとは複雑に絡み合い、見る角度によって様々に表情を変える。身近な世界にどのように働きかけ、アプローチし、問題を解決していくか、というプロセスは、未来を生きる上で重要である。
図画工作ならではの見方・考え方をしながらも、世界を認識し、確かめ、“わたし”自身が立つ現在地点を確かなものにする、より統合的な総合表現活動が必要であると考える。
〈アプローチする方法:図工の思考力〉
図工の思考力を考えた時に、「手で考える」のだ、という言葉を子供がつぶやいていて、しっくりきた。手で考える、身体で考える。ものごとと直接かかわる図画工作でことさら“身体性”が重要視されているのも頷ける。“身近な世界”と関わるためのアプローチドアこそが“身体”そのものであろう。“わたし”は身体をつかって絶えず交信している。確かめている。諸感覚をつかって“わたし”は絶えず世界を拡げている。感じ取って、考えて、また感じて。“わたし”は拡げると同時に深めているのだ。心と頭という内面をつかって“わたし”を掘り下げているのだと言える。その過程こそがまさに図工ならではの思考力が発揮される場だろう。
現実の身近な世界は厳密に教科で切り分けることができない。様々なものごとは複雑に絡み合い、見る角度によって様々に表情を変える。身近な世界にどのように働きかけ、アプローチし、問題を解決していくか、というプロセスは、未来を生きる上で重要である。
図画工作ならではの見方・考え方をしながらも、世界を認識し、確かめ、“わたし”自身が立つ現在地点を確かなものにする、より統合的な総合表現活動が必要であると考える。
〈アプローチする方法:図工の思考力〉
図工の思考力を考えた時に、「手で考える」のだ、という言葉を子供がつぶやいていて、しっくりきた。手で考える、身体で考える。ものごとと直接かかわる図画工作でことさら“身体性”が重要視されているのも頷ける。“身近な世界”と関わるためのアプローチドアこそが“身体”そのものであろう。“わたし”は身体をつかって絶えず交信している。確かめている。諸感覚をつかって“わたし”は絶えず世界を拡げている。感じ取って、考えて、また感じて。“わたし”は拡げると同時に深めているのだ。心と頭という内面をつかって“わたし”を掘り下げているのだと言える。その過程こそがまさに図工ならではの思考力が発揮される場だろう。
また図画工作ならではの見方・考え方をしながらも、より統合的な活動が必要であると考える観点から、思考する活動についても話し合ったり、図を用いたり、表で計画を立てたりといった一般に他教科の文脈で語られることの多かった活動などを相乗的に活用する必要もある。
〈アプローチする対象:図工の対象、題材の対象、テーマ〉
図工の思考力は働く方向・対象を提案することによってより高次なものとなる。
高学年児童は、個別のものごとを比較関連付けて、統合的にものごとをみることができるようになる。今回ここでは個別の事象体験(ものの体験)をさせるのではなく、統合的に活用しながら、実際の身近な世界(身近な社会)と関わり合い、表現を広げ深めていくことができるアプローチの対象を選出したい。
“生活を美しく豊かにする造形や美術の働き、美術文化についての実感的な理解を深め、生活や社会と豊かに関わる態度を育成することについてはさらなる充実を求められている。”〈さらなる充実を求められる事項について 芸術ワーキンググループにおける取りまとめ(案)P1〉
図工の思考力は働く方向・対象を提案することによってより高次なものとなる。
高学年児童は、個別のものごとを比較関連付けて、統合的にものごとをみることができるようになる。今回ここでは個別の事象体験(ものの体験)をさせるのではなく、統合的に活用しながら、実際の身近な世界(身近な社会)と関わり合い、表現を広げ深めていくことができるアプローチの対象を選出したい。
“生活を美しく豊かにする造形や美術の働き、美術文化についての実感的な理解を深め、生活や社会と豊かに関わる態度を育成することについてはさらなる充実を求められている。”〈さらなる充実を求められる事項について 芸術ワーキンググループにおける取りまとめ(案)P1〉
“授業で学習したことを、授業時間以外に、学校や地域で表現する場を用意するなど、学校自体が学校における学習と社会をつないでいくことに取り組むことも重要である。特に芸術系教科は、教室の中の閉じた人間関係にとどまらず、教職員や保護者、地域の人々などと連携ができる教科であり、身近なところから社会に関わる活動を進めていくことも、子供の学びを深めていく上で効果的である。”〈生活や社会の中での働きについて 芸術ワーキンググループにおける取りまとめ(案)P17〉
2 大会に向けて
知る限りにおいて、児童が“主体的に”都図研大会に参加するような題材はほとんど行われていない。児童は常に“楽しい図工の世界”のお客様であったように思われる。ある事象に対する図工としてのアプローチがその教科の見方・考え方の大枠であるのならば、この大会を生かさないわけにはいかない。私たちは子供をお客様にはしない。
2 大会に向けて
知る限りにおいて、児童が“主体的に”都図研大会に参加するような題材はほとんど行われていない。児童は常に“楽しい図工の世界”のお客様であったように思われる。ある事象に対する図工としてのアプローチがその教科の見方・考え方の大枠であるのならば、この大会を生かさないわけにはいかない。私たちは子供をお客様にはしない。
2016年7月25日月曜日
2016年7月24日日曜日
2016年7月23日土曜日
2016年7月20日水曜日
好きな橋跡
2016年7月19日火曜日
「さよなら、またね。改め 図工の力でどうにかしよう!」
2016年7月18日月曜日
2016年7月17日日曜日
2016年7月16日土曜日
伝説を残すとは。
まず前提として我々は11月だか12月だかに伝説を残す。
伝説とは何であるか。
伝説に残る授業とは。
個人研究ではない授業。
区市教研ではない授業。
本質のある授業。(これは授業を受ける側にも、参観側にも)
つかみどころのない授業。(これは授業を受ける側にも、参観側にも)
ざわつく授業。(参観者がね)
「!」がある授業。(これは授業を受ける側にも、参観側にも)
もう思いつかない。
「1クールのレギュラーより1回の伝説。」エガちゃんの名言である。
エガちゃんはなぜ伝説を残すのか。それは芸人としての奉仕の饗応精神であろう。ところが我々のそれには私欲が溢れている。なぜ伝説を残すのか。楽しいからである。
もちろん奉仕の精神はある。これからの芸術科目が進むべき指針を聴衆に提示すること。この組織自体が持つかっこ悪いところを白日の下にさらすこと。芸術領域が教育および人間の人生に必要不可欠であることを実践レベルで証明すること。
だが裏を返せばこれらは私欲と表裏一体だ。一石二鳥だ。これらはついでに過ぎない。仕事を楽しむ上での付加要素でしかないのだ。
さあ11月か12月、
最高の暇つぶしをさせてくれよ。
楽しい伝説を残させてくれよ。
伝説とは何であるか。
伝説に残る授業とは。
個人研究ではない授業。
区市教研ではない授業。
本質のある授業。(これは授業を受ける側にも、参観側にも)
つかみどころのない授業。(これは授業を受ける側にも、参観側にも)
ざわつく授業。(参観者がね)
「!」がある授業。(これは授業を受ける側にも、参観側にも)
もう思いつかない。
「1クールのレギュラーより1回の伝説。」エガちゃんの名言である。
エガちゃんはなぜ伝説を残すのか。それは芸人としての奉仕の饗応精神であろう。ところが我々のそれには私欲が溢れている。なぜ伝説を残すのか。楽しいからである。
もちろん奉仕の精神はある。これからの芸術科目が進むべき指針を聴衆に提示すること。この組織自体が持つかっこ悪いところを白日の下にさらすこと。芸術領域が教育および人間の人生に必要不可欠であることを実践レベルで証明すること。
だが裏を返せばこれらは私欲と表裏一体だ。一石二鳥だ。これらはついでに過ぎない。仕事を楽しむ上での付加要素でしかないのだ。
さあ11月か12月、
最高の暇つぶしをさせてくれよ。
楽しい伝説を残させてくれよ。
2016年7月15日金曜日
2016年7月14日木曜日
「ギコギコトントン」
例年、垂木と小割りを大量に切らせてから(グループで→一人で)、釘を打たせています。
0回目、なんかつくるよ。
1回目、グループで60cm大にひたすら切る。
2回目、60cmに切ったものを個人でC型クランプを使ってひたすら切る。着色剤で塗ってみる。
3回目、釘を15cmくらいの垂木にひたすら打つ。後半は変な釘、レアな釘、曲がった釘、付け足しできる木材など適当に出す。
4回目、接合について。ボンドと釘どっちを使うべきか。とりあえず組み合わせを考えてくっつけてみよう。
5回目、みんなはどんなのつくってるかな。4回目を基にしてなんかつくろう。
6回目、みんなはどんなのつくってるかな。なんかつくろう。
今年は垂木を頼んでなくて小割りばっかりなので小ぶりな作品になるかもね。